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写真:イグアスの滝

●003【2001年9月5日】

アミーゴ・ブラジル

川本修三

私とブラジルとの関わりは約10年前までさかのぼる。
ブラジルという国を意識しだしたのが丁度その時期であった。

仕事がらオーストラリアという国のみに心を傾け仕事に精を出してきたが、ブラジルもまた非常に好感の持てる好印象の国として「気になる存在」であったのだ。
その「気になる存在」が「本命」に変わるきっかけを作ってくれたのが山代勁二氏((株)地域事業研究所代表・ブラジルを知る会代表)である。
氏とは4年前、仕事でブラジルを訪問した際、現地のホテルで偶然お会いし、瞬く間に意気投合した。
こうしたすばらしい出会いがさらに「ブラジル好き」に拍車をかけ、以来、今日まで続いている。
仕事上でもブラジルとの関わり合いができ、一日の内「ブラジル」という言葉に出会わないで過ごせる日が無いと言っていいほど「本命」と親密な交際(?)を展開している。

こんな私がブラジルを訪問した際、印象に残ったことをつれづれなるままに記してみようと思う。

実際にブラジルを訪れてみて、真っ先に感じたことは、その国土面積の大きさである。
オーストラリアという国を度々訪問し、大きな国土を持つ国に関しては多少心得があるものの、ブラジルのスケールの大きさはオーストラリアを遙かに上回る圧倒的なものを感じた。
そして、そのスケールの大きさゆえの多くの未知の部分の存在・・・。
私をブラジルという国に駆り立たせる、強烈な魅力のある国と感じた。

イグアスの滝を最初、下から見た。しかしこの位置からではそれほど大きく感じなかった。
が、しかし、次にヘリコプターにて上空より俯瞰したら・・・そのスケールの大きさには足がすくんだ。この滝を見て初めて「ああ、ブラジルに来ているんだ」という実感が湧いた。私にとってはそれほどシンボリックな場所に思えたのだ。
イタイプーの水力発電所も見学した。ここも大きい。なんだか、発電所の湖は海のような大きさである。遙か遠くに水(地)平線・・・。日本の黒部ダム等の比ではないと思った。。

サンパウロではリベルダージの安ホテルに滞在した。
観光ガイドなどには「日本人街」としてしばしば紹介されるが、正確に言えばこの街は「東洋人街」である。韓国、中国人が多く住んでいるのが現状のようだった。 私が見る限り、目に付いた日系の人は老人ばかりであった。なんとも淋しい限りである。
その一人の老人と話してみた。彼がいうには、若い日系二世、三世のほとんどは日本へ「デカセギ」に行っているとのこと。パウリスタ通りも散歩してみたがなんだか日本の麹町(東京都)を歩いているようだった。日系の人は丸の内(東京都:オフィス街)に似ている、と言っていたがどうも違う。私は毎日丸の内付近を通るのでよくわかる。
サンパウロの地下鉄にも乗車した。が、何と殺風景な地下鉄であったこと!椅子は長く座っているとお尻が痛くなるほど硬いもので、少々つらかった。

サンパウロからサントス港にドライブしたこともあった。車の多さに驚くやら、辟易するやら、であった。あまり洗車している形跡のない車が、「これでもか!」というスピードで追い越してゆく。どうもブラジル人はスピード狂のようである。これでよく事故が起きないなあ、と感じた。(編集部注:もちろん事故は起きています)

サントス港はその昔、日本からの移民船が到着した港だ。ここから皆、列車に乗せられてサンパウロへ向かったのだ。港を目にして当時の日本人移民の方々を偲ぶ。もちろん成功し、悠々自適の人生を送っている人もいるが、移民の方々の大半は想像を絶する苦労の連続だったという。志半ばで亡くなられた方々も多数おられると聞く。
私は脳裏に浮かんだそれらの方々に敬意を表して、目を閉じ、冥福を祈った。

最後に、食物で印象に残っているのはマンゴー。大変、おいしかった。ブラジルに行かれる予定のある方はぜひ食していただきたいと思う。

私は色々な意味でブラジルは「未来の国」であると思っている。とても一言では言い尽くせない、大きな魅力がある国だと思う。そして公私ともども、この国と永く付き合っていきたいと願っている。

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