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「卍」ポルトガル語に翻訳─流麗な文に高い評価─谷崎潤一郎のめい後藤田怜子さん
谷崎潤一郎の代表作の一つ「卍」がポルトガル語に翻訳され、コンパニア・ダス・レトラス社から発売されている。ポ語タイトルは「ヴォラージェン」で、発売早々に『ベージャ』誌(4月25日付)が1ページを割いて取り上げ、原文の匂いをそのままに伝える流麗な訳文に高い評価を与えた。翻訳者は谷崎の姪に当たる後藤田怜子さん。サムライ・ブームを起こした「ムサシ」に続く仕事となった。多忙が続く後藤田さんに翻訳の裏話や現在の活動について聞いた。
谷崎作品のポルトガル語版は「卍」で3作目。『鍵』、『痴人の愛』が既にブラジル国内に出回っている。しかし、後藤田さんが伯父の世界に取り組むのはこれが初めて。
原題の「卍」が生かせなかったことについて、後藤田さんは「ブラジル人の頭には「卍」のマークはナチスのイメージでしかないから」と説明する。「ヴォラージェン」(渦)としたのは物語の流れに「何かにひきずられて、転がっていくような雰囲気がある」ためだ。また、英語版の題名が「クイック・サンド」(流砂)であることも考慮した。
実際の翻訳では主語の取り扱いに苦労したという。物語は主人公の告白を主旋律に3者の話が入り交じって展開するため、時折主語が読者に分かりづらい場面もある。「初期の野心作であるだけに翻訳作業は一筋縄には行きませんでした」と後藤田さんは振り返る。
日本文化への造形を深めてもらうために注釈を出来るだけ付けるように努めた。例えば、「センセイ」などといった含みのある言葉や、俳優や観音の名前には逐一、説明を施している。
「コンパニア・ダス・レトラス社は注釈があまり好きではない出版社なんです。基本的には分かる人だけに分かればいい、という発想があるみたいなんですが、今回だけは注釈を付けて欲しいと注文しました」。
もう一つ、自分の主張を聞いてもらった。それは原作者の姪であることを隠してもらったことだ。血縁関係を明らかにしてもいいか、と同社から話を持ちかけられたものの、後藤田さんは渋った。「まだ翻訳者としての実力と名前が固まっていないので」ときっぱりと伯父の七光りを辞退した。
“谷崎つながり”というわけではないだろうが、7月には同じく後藤田さんの翻訳で、谷崎潤一郎賞受賞作家の村上春樹著「羊を巡る冒険」(ポ語タイトル「カッサンド・カルネイロス」、エスタソン・リベルダーデ社)も発売された。こちらは「卍」とはうって変わって、現代文学。日本の近・現代文学をそれぞれ象徴する作品が立て続けに出版されたことは、日本文学の市場がブラジルでも開きつつあることを予感させる。
その背景について、後藤田さんは「ムサシ」が出た年にフランクフルトで開かれた本の見本市で日本の出版社がそれまで簡単に外国の出版社に手放さなかった出版権利を開放化の方向に踏み切った影響があるようです」と指摘する。
結果、続々と後藤田さんのところには翻訳依頼が舞い込んできている。現在取り掛かけているのは再び谷崎の『瘋癲老人日記』(エスタソン・リベルダーデ社から出版予定)。「本当は伯父の作品から出来れば逃げたいくらいなんです。「卍」も、これも大阪弁で語られている難しさもありますし、両方とも日本文化の真髄にどっぷりと浸かり混んでいる作品。文化事情や固有名詞を調べるのに一苦労しています」と後藤田さんは本音を漏らす。
それでも、「卍」の野心的な文体に対して、晩年の作品である「瘋癲ー」は「渋い文章に徹している」そうで、「比較的やりやすい」という。
仕事が仕事を生み、後藤田さんのスケジュールは年内一杯びっしりと埋まっている状況だ。センスコンパニア・ダス・レトラス社から三島由紀夫の「潮騒」の翻訳を頼まれた矢先に、サンパウロ柔道連盟からは「富田常雄の「姿三四郎」をぜひ訳してほしい」とお願いされた。
「三島は仮面の告白か潮騒のどちらか、と言われたのですが、潮騒の方が三島らしくない軽い、無邪気な印象を与えるものでしたので気に入って引き受けました。「姿三四郎」は柔道連盟の人にこの作品を通じて「柔道のモラルをしっかりと伝えたい」と言われまして」
『ムサシ』で一躍脚光を浴びて以来、日伯間の文学の橋渡し役として精力的に翻訳をこなす姪の姿を伯父・谷崎も天国から目を細めて見守っているに違いない。
9月12日にはブラジリアの日本大使館で講演会を行うという。
(ニッケイ新聞)
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