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開発青年隊、レジストロに3人―もう移民40年選手―それぞれが選んだ道
サンパウロ州レジストロ市はお茶やバナナ、ゴザの産地として有名である。海外興業株式会社(KKKK)設立の精米所跡地五棟は、移民資料館として改築が進んでいる。ここに南米産業開発青年隊の一員としてブラジルに渡って来た3人が暮らしている。この40年間、ブラジルの地でどんな生活を送ってきたのか、その軌跡を辿る。
レジストロ市で魚屋を営んでいる山下公(いさお)さん(65)の店頭には、パラチ、ペスカーダ、マンジューバなどが並ぶ。かつては8割方の魚がカナネイア市から、残り2割をイグアペやサンパウロから仕入れていた。しかしカナネイアの漁師が少なくなり、魚の貯蔵設備が小規模なこともあって漁場として衰退する。近年はサンパウロからマグロやサケ、サバ、カツオ、イワシを仕入れている。泥道だった道路のアスファルト舗装がこの10年で進み、車の便がよくなったことも大きい。
「ここ5年間で漁獲量が減っているのが目立つ」と山下さんは実感する。かつてイワシなどはいくらでも獲れ、玉子1ダースとイワシ1キロの値段が同じと言われていたが、今はイワシが3倍の値段になっている。サンパウロ州サントスやサンタ・カタリーナ州イタジャイ、南リオ・グランデ州ポルト・グランデから魚を積んできたトラックが、途中でレジストロに立ち寄ってくれたものだが、今ではそれもなくなった。
山下さんは兵庫県で生まれ熊本県育ち。1962年に来伯した時は、「アマゾンで働きたい」と思っていたが、サンパウロ市ジャルジン・ダ・サウデ区で友人の経営する軽食店を7年間手伝った。しかし義兄が経営していた魚屋の人手が足りないため、1975年にレジストロに移って魚屋を始めた。この26年間、何度も「魚屋を止めたい」と思ったが、今は続けてよかったと思っている。アメリカの影響でブラジルにも日本食ブームが訪れた。テレビや雑誌の影響で「魚は脂肪が少なくて体にいい」と、非日系人の間で魚が人気となっている。
巻き上げブラインド販売業を営む浜埜英輝さん(福井県出身、58)は、「将来はお茶の工場を」とレジストロに落ち着いて以来、約40年間暮らしている。米ドルの問題でお茶の輸出業は断念したが、「仕事がうまくいかなくても、長年暮らしていると周囲が助けてくれる。ここでは信用が大切だが、一旦失うと駄目という厳しさもある」と話す。
浜埜さんはレジストロ少年野球の草分である故清水文雄さんに協力して、子供たちの責任を持ってもらおうと父兄会など組織作りに貢献し、スポーツが浜埜さんの人生観を養った。「スポーツをしている人間は仕事や人間関係がうまくいく」。
青年隊3人目は牧師の丸谷良守さん(広島県出身、62)。日本にいたときは聖書を開いたこともなかったが、来伯6年目に「賛美歌に引かれて」キリスト教に入信した。ブラガンサ・パウリスタ、カンピーナスなど各地の教会を回って1990年からレジストロ福音教会で牧師をしている。非日系信者が多いので通訳を付けて布教している。伝導の難しさはあるが、「住めば都」と笑う。〃郷に入れば郷に従え〃、これが大切なようだ。
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