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左:海を向いた記念碑は、今、まさに船に乗り込もうとする親子三人をデザインしたブロンズ像。背広姿の夫の拳、見知らぬ大地に挑む固い決意が表れ、子供の右手は水平線の彼方を指差している。妻の左手はわが子の肩に添えられ、礎石には「希望の船出」の文字が。
右:除幕の瞬間。

神戸港移民乗船記念碑 4月28日除幕式典 式典列者370人。ブラジルからも約60人の訪日団

by Yasuo Fujisaki

 “ボーーーー!”
 神戸港に響きわたる汽船の長い汽笛。
「午後5時55分でございます。除幕下さいませ」
 司会者の声と参列者の拍手のなかで、記念像を覆った紅白の幕が下ろされた。
 神戸港メリケンパークの南端に建立された神戸港移民乗船記念碑(高さ3・5メートル)が、ブラジル、アメリカ、バラグァイから招待された日系人を含む約370名の参列者の前に姿を見せた。
 海を向いた記念碑は、今、まさに船に乗り込もうとする親子三人をデザインしたブロンズ像である。背広姿の夫の拳、見知らぬ大地に挑む固い決意が表れ、子供の右手は水平線の彼方を指差している。妻の左手はわが子の肩に添えられている。礎石には「希望の船出」の文字が刻まれていた。
 像の作者は、神戸市須磨区在住の日展会友の日本彫刻会会員菊川晋久氏(1932年生まれ)である。この像は菊川氏の制作である。
 像の右前には、神戸から異国に旅立つ移民(移住者)たちが宿泊した旧移民収容所(1928年開設、後の移住センター)の写真と神戸港停泊中の第一回ブラジル移民船「笠戸丸」復元画(野上隼夫作)の陶板がある。アジア有数の移民送国「日本」の歴史を語る記念像と陶板である。
 除幕は、93年前の1908年、笠戸丸が神戸を出航時刻に行われた。
 この記念碑建立は1999年10月、ブラジルの日系人の四団体が、阪神・淡路大震災で旧移民収容所が無事であることを知り、永久保存を強く要望。また1999年にサントスに建立された日本移民上陸の地の記念碑に合わせ、乗船地神戸に乗船記念碑を建てることを陳情から始まった。
 ブラジル日系人団体の要請を受けて2000年1月25日、財団法人「日伯協会」をはじめ民間による「神戸港移民船乗船記念碑実行委員会」(平田幸廣会長)が組織され、計画が立てられ、募金活動が始まった。不況の中で果たして募金が集まるか心配されたが、地元神戸をはじめ日本全国、海外の諸団体、企業、個人の有志の寄付と記念メダルの販売により目標額2000万円を達成。
 神戸市により、移民ゆかりの乗船地・メリケンパークの土地が無償提供された。そして世界にはばたいていった日本人移民(移住者)の歴史と功績を後世に伝える記念像が完成したのである。
 除幕式展後、同パーク内にある神戸海洋博物館エントランスホールで開かれたレセプションは建立関係者、ブラジル訪日慶祝団員、海外日系諸団体関係者などで賑わった。また同館内では、移住船出航光景や移民収容所(移住センター)の生活などをうつした写真展も開かれている。
 日本にとっては移民送り出しの世紀が終わり、新たな日系人との共生の時代を迎えるに当たっての相応しいイベントとなった。


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