ブラジルで武者修業
日本で柔術の復活を、夢は神奈川県に道場建設
「横浜の中華街に中国人が中華料理を習いに来ているようなもの」
馬場弘樹さん(27)はブラジルで柔術修行に励む自分をそう表現する。
馬場さんが本格的に柔術に目覚めたのは6年前。当時、ブラジルから来日していた柔術界の雄ヒクソン・グレーシーにスパークリングを申し込み、肩を脱きゅうさせられたことがきっかけだ。「悔しくて」、すぐに本場ブラジルへ飛んだ。
スポーツとして体系化されている柔道には興味がなかった。一本を取るよりも、ギブアップを。「相手に『まいった』と言わせるまで戦える」柔術に魅かれた。
ブラジルには今もまだ、コンデ・コマ(前田光世)が伝えた柔術の伝統が生きている。「もともと日本にあったものを外国に習いにいく」ことに奇妙な感じを覚えながらも、滞在は足掛けで3年になる。
サンパウロ市スマレー区の道場で週6日、練習に励む。朝昼晩1日3回のけいこと6時間にも及ぶストレッチ体操の日々だ。道場のわきに専用に部屋を作ってもらった。初めてこの道場の門をたたいたとき、師匠のマチアスさん(30)に「言葉もできずに地球の反対側から来るなんて、勇気のあるやつ」と気に入られ、部屋を用意された。家賃は無料だ。「たまに練習したくないと思っても目の前だからついやってしまう」とぼやきながらも、稽古に集中できる毎日には感謝している。
現在の帯の色は紫。上の段位には茶、黒がある。「黒帯を取るまではブラジルで修行を積みたい。あと4年くらいはかかるかもしれませんが」。マチアスさんは「ヒロは飲み込みが早い。体に柔軟性があるテクニシャンだ」とその実力に太鼓判を押す。
今年7月にはリオで世界大会が開かれる。日本からも10数人が参加することが予想されているが、「日本人同士の対戦はないでしょう。あっても負けませんよ」と自信をのぞかせる。この100年間で、日本とブラジルの立場は完全に逆転した。日本の柔術選手などブラジルで修行を積んだ者から見れば、ひよこだ。
夢は実家のある神奈川県に道場を開くこと。そのときは、コンデ・コマがブラジルに伝えた柔術が再び、日本に戻って来ることになる。「道場を開ける前に、ベレンにお墓参りに行くつもりです。伝記によると、前田さんは亡くなられる直前、『日本の水が飲みたい』といっていたそうですから、前田さんの故郷、青森の水を持っていきます」。
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