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30年来“恋仲”の縁
ダムの底に沈む家から−日系孤老を引取る(続き)
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愛と慈悲、日系孤老引取り−ダム建設で水没直前−ブラジランジア市が強制撤去−日系人を拒んだ木村さん−ドイツ系女性のもとに
[ドラセーナ、既報関連]南マトグロッソ州ブラジランジア市に住んでいた日系孤老キムラ(木村)ススムさん(93)は、いまパラナ川対岸のサンパウロ州パノラマ市在住のドイツ系三世、ジャンジーラ・デ・ジェジュス・クレインさん(66)のもとに引き取られ、平穏な毎日を過ごしている。既報では、2人は30年来の〃恋仲〃と紹介されたが、ジャンジーラさんの言動をじかにみると、愛と慈悲でもって木村さんを自宅に引き取った、といえる。
木村さんは、サンパウロ州と南マ州の州境を流れるパラナ川の川沿いに住んでいた。電力公社が川をせき止め、ダムを建設するので、昨年初め付近住民や木村さんは立ち退きを要求された。しかし、ひとり木村さんだけが世間に背を向け拒み、サンパウロの援協(和井武一会長)も救援に乗り出したが「世話にならない」と立ち退きを拒否した。
たまたま、木村さんが以前働いていたブラジランジアのヨットクラブ(すでに解散)の関係者から、30年前から木村さんを良く知っているブラジル人女性がパノラマ市にいる、と援協(在サンパウロ日伯援護協会)の担当者がきき、その女性に木村さんの説得を頼もう、と捜したのだった。その女性、ジャンジーラさんは話をきいて最初困惑、自分が引き取ってもいいが、経済的にむずかしい、と難色を示した。
しかし、昨年12月、立ち退き要請が強制撤去にかわり、市当局は暴れる木村さんに鎮静剤を投与し、移動させたのであった。それを知り、ジャンジーラさんは引き取ることを決めた。
木村さんは、現在幸せ者だ。家族に見捨てられ、世間の援助申し入れも拒み、ヨットクラブ内の小屋で、自分で水を汲み、洗濯をし、クラブで食べ物をもらい、食器を洗っていたのが、いまジャンジーラさんのつくった食事を時間どおりに食べ、多い日には5回もシャワーを浴び、与えられた自身のカーマ(ベッド)で横になれる。たまにジャンジーラさんの娘や孫がマンガを持って来てくれ話し相手をしてくれる。記者が訪ねたときには一人で歌を口づさんでいた。
ジャンジーラさんから、話をきいた。父(カルロス・F・A・クレインさん)はドイツ移民の子、母がパウリスターナ(サンパウロ市生まれ)。幼少のころ、日独伊三国同盟のあおりで苦労した。父にはいつもキリスト教徒として、困った人を助けなければならないと言い聞かせられていた。
実際、金の無い、目が見えない、耳が遠い老人を狭い自分の家に引き取って、面倒をみようというのは普通の人のできることではない。ヨットクラブが営業していたころ、多くの日系人がクラブをたずね、木村さんを見ていたが、だれ一人、木村さんの貧窮に目を向けなかった。
30年間、木村さんに食事を与えてきたクラブの支配人が、強制撤去が決定的になって、援協にSOSを発した。援協職員が対応しようとしたとき、木村さんは「日本人を信用していない。援協が自分を保護するというのなら、棺桶を用意してきて、それに自分を入れていけ」と言った。
強制撤去の日、市当局は救急車に医師をつけて派遣、鎮静剤をうって、ジャンジーラさんの家に木村さんを運んだ。そして用意されていたカーマに入ることができた。
(ニッケイ新聞 藤沢国男通信員)
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