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30年来“恋仲”の縁
ダムの底に沈む家から−日系孤老を引取る

 ダムの建設に伴い、川べりに住むある日系貧窮老人に立ち退き命令が出ていた。
しかしその老人は、頑固に立ち退きを拒否。付近住人やサンパウロ日伯援護協会(和井武一会長)が9月頃から対応に追われ、苦慮してきた。それが先頃、「老人の世話をしてもいい」というブラジル人女性が見つかり、事態は好転。何とか解決の見通しが立った。
実はその女性と日系老人は、30年来の恋仲。立ち退きを発端に、長年恋い焦がれたカップルが、一緒に暮らすことになったという。

 この老人はキムラ・ススムさん、熊本県出身の93歳。昭和32年(1957年)にブラジルに移住したという。目耳が不自由で一人で生活することが困難な状態だった。
 建設の進む「プリマベーラ・ダム」は、サンパウロと南マットグロッソの州境を流れるパラナ川をせき止める。電力公社は、流域や支流一帯の住人に立ち退きを要求していた。
 その支流の一つで、南マットグロッソのブラジランジア郡を流れるベルデ川。その河口にある「リオ・ベルデ・ヨットクラブ」内にススムさんは小屋を建て、生活していた。以前はこのヨットクラブで働いていたが、目が不自由になってからは、クラブから食事を分けてもらっていたという。
 しかしダムが完成すれば、この地域は湖の底に沈む。電力公社から今年10月半ばまでの立ち退きを命じられており、ヨットクラブは解散、近所の住人も移転をし始めた。しかしこのススムさんは、一向に移る気配はなく、「水など来ない」と頑固に住み続けていた。
 強引に連れ出すわけにもいかず、サンパウロ日伯援護協会(援協)は戸惑った。
ところがパラナ川沿い、サンパウロ州のパノラマ市に、ススムさんを知る70歳代のブラジル人女性がいると、ヨットクラブの関係者が明かした。そこで援協職員と地区員の藤沢国男さんが「彼女ならススムさんを説得することができるのでは」とその女性を探し回った。
 捜索中、町中で偶然にもその女性の娘に出会い、女性のもとへと案内された。女性は「ジャンジーラ」といい、確かにススムさんを知っているという。
 ジャンジーラさんの話ではそれは30年余り前、ブラジランジアに子供を連れ、出掛けた時のことだ。日が暮れ、道に迷ったとき、一軒の家を見つけ訪ねた。そこには病気にかかり、動けない状態のススムさんが倒れていたという。3日間、ジャンジーラさんは必死で看病した。そのかいあってススムさんは回復し、九死に一生を得た。
 その後も何度か、ジャンジーラさんは元気になったススムさんを訪ねた。パラナ川を挟み二人は、親しい間柄になった。
 しかし渡し舟はあっても、容易に行き来することができるわけでもない。結局その後、お互い自然と会わなくなってしまっていたという。
 ジャンジーラさんはススムさんの現状を聞き、困惑した。「引き取って一緒に暮らしたいが、家がない。生活費の捻出も難しい」と訴えた。
 思案しているうちに立ち退きは、強制撤去へと変わってしまった。
「ススムさんを説得できない」と知ると市当局は12月に入り、救急車と医師を急行させ、暴れるススムさんに鎮静剤を投与。力ずくでその場から移動させたという。
 その事態を知ったジャンジーラさんは、ススムさんと暮らすことを決心し、申し出た。

 現在はジャンジーラさんのもとで、二人で仲良く生活しているという。立ち退きをきっかけに過去の二人が再会、新たな人生がスタートした。
立ち退いた土地の所有者はススムさんではないため、電力公社から立ち退き料はゼロ。援協は今後、何とか生活費程度は扶助しようと検討している。

(ニッケイ新聞)


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