「サッカーの才能 日系人にもある」‐日系3世サンドロ・ヒロシ選手
待つ大切さ学ぶ−東洋思想教える父
日系3世のサンドロ・ヒロシさんは、サンパウロ・フットボールクラブに所属しているサッカー選手だ。日系人が大きいフットボールクラブに所属するのは珍しい。
ブラジルでは、日系人のサッカー選手は「棒の足」と皮肉られ、サッカーが下手だと一般的に思われている。サンドロさんはそのような偏見が強いブラジルで、日系ブラジル人の実力を見せてくれた。サンドロさんは、「サッカーをやっている日系人をたくさん知っている。皆才能がある人ばかりだ。日系人の皆さんには、自分の可能性をもっと信じてほしい。機会があればどんどんアタックしていく積極性が大事だと思います」と、プロを目指す日系人のサッカー選手たちを勇気づけた。
サンドロ・ヒロシさんはトカンチンス州で生まれ、マラニョン州で育った。サンドロさんは、日系2世の父とマラニョン州出身の母を持つ。幼いころからサッカーが好きで、サッカー選手になるのが夢だった。13歳でトカンチンス州トカンチノポリス市のチームに呼ばれた。1年後、サンパウロ州アメリカナ市のリオブランコ・クラブから招待状を受け、チームに入った。199年のサンパウロ州サッカー選手権大会でベストプレーを披露。日系人に対する差別の壁を乗り越え、素晴らしいサッカープレーで注目されたサンドロさんは、名門サンパウロ・フッチボール・クラブにプロ選手として入団。現在21歳、結婚して3ヶ月余りになる。
1999年の全ブラジル杯で、サンパウロ・クラブがサンドロさんの年齢を変更した偽造書類を使って大会に参加した事件で、サンドロさんはマスコミに汚名を着せられた。サンドロさんは「当時、自分のことが犯罪者のように報道され、とても傷ついた。憤慨した自分を父がなだめてくれた。日系2世の父は日本人の考え方を教えてくれた。何があっても落ち着いて行動すること、辛抱すること、待つことの大切さを学んだ。この期間、辛抱強くマスコミの攻撃が収まるのを待った。困難を乗り越えられたのは父のおかげです」と心中を話した。(ニポ・ブラジル紙より)
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